ノマドな海外移住計画
歩き続けること
公開日:2018.11.02
/ 最終更新日:
モンゴル

結構ちがう日本とモンゴルの教育!子どもに礼儀を教えるのは親ではない?

モンゴルの国立図書館

モンゴルでは、いろんな教育の現場をのぞかせてもらう機会がありました。
日本語教育に力を入れている小学校や、日本への留学を目指す人たち向けの日本語学校など…。

そして、夏休みの期間中に外国人寮から追い出されて宿なしになったときに、小学校低学年ぐらいの子どもがいる家庭に2週間弱泊めてもらったほか、季節行事のタイミングなどでいろんな家庭にお邪魔させてもらいました。

そのときに感じた「あ、ここは日本と違う!面白い」と思った点をまとめました。

重視するのは「暗唱」

暇があれば暗唱させるという教育

モンゴルでは、優れた文学作品をしっかり覚えることを教育の基礎とする考え方が深く根付いています。

私が夏休みの宿なし期間中に泊めてもらった、とある知人の家には幼い姉妹2人がいました。

ことあるごとに、母親は子どもたちに「詩はちゃんと覚えたのか。暗唱してみなさい」と行っていました。
詩の内容はわかりませんでしたが、子どもたちも「これは覚えた。聞いて」と私にも声をかけてくれます。

その後、訪問することになったちがう家庭でも、親が子に「暗唱できるか。ちゃんと覚えないと駄目だ」という話をしているのをたびたび見かけました。

優れた文章をしっかり覚えること。
それがモンゴルではとても重視されているようです。

さくら学校での言語習得方法

モンゴルには、英語と並んで日本語教育をかなり早期から取り入れている小学校がいくつもあります。

そのうちの一つ「さくら学校」の日本語教育現場にお邪魔させてもらえる機会がありました。

そこでは日本の文学作品の暗唱がとても重要視されていました。
もちろん、簡単な日本語の会話や、ひらがな・漢字の読み書きも教えているのですが、言葉の意味を教えるより何よりもさきに、文章をすらすら暗唱できるようにすることに注力していました。

さくら学校の発表会で日本語の詩を読み上げる子どもたち

まず覚える。そのうえで内容を咀嚼する。
「それが言語習得の当たり前のやり方でしょ」とその学校の先生が言っていました。

日本にかつてあった寺子屋の教育方法と似ている?

モンゴルの言語学習は暗唱から始めるということを知って、私は日本の寺子屋を思い浮かべました。

寺子屋では、中国の文献などでも意味を教えるよりも何よりも先に、音読を教えたそうです。

読み方を教えているうちに、「これは一体どういう意味なのだろう」と生徒が自発的に考え、学ぼうとするという流れが一般的だった、と聞いたことがあります。

モンゴルの考え方はこれに近しいものを感じます。

礼儀を教える責任は学校にある

モンゴルでは、子どもの教育のかなりの部分を学校が担っています。
特に、礼儀やマナーがしっかりしていないのは学校の責任のようです。

ある冬の日、バスの車内でそれを象徴するような出来事に遭遇したことがあります。

「あなたの学校はどこ?」
かなり混んだバスに、とあるご老人が一人乗ってきました。

すでに車内は東京の山手線もかくやというような状況で、ご老人は人波をかき分けながらなんとか座席横の手すりにつかまりました。

その席には若い子が座っていたので席を譲ってくれないか声をかけたところ、その子が話を聞くそぶりを見せませんでした。

するとそのご老人はちょっと腹が立ったのか、少し声を荒げてこう言いました。
「あなたの学校はどこなの?いったいどんな教育してる学校なの」

私は近くで聞いていて、あ、そこは「親の教育」じゃないんだ、とびっくりしました。

日本なら「親の顔が見てみたい。いったいどんな教育をしている家庭なの」とでも言っていたでしょうか。

家庭教育と学校教育の役割分担が日本とモンゴルではちがうんですね。